世界線航跡蔵

Mad web programmerのYuguiが技術ネタや日々のあれこれをお送りします。

2007年12月06日

法の精神よりも社会常識を大切にする人たち

「茶パツ生徒」を担任が髪染めスプレーで黒く染め直す→生徒と保護者が人権救済申し立て@痛いニュース」を読んで背筋の凍るような恐ろしさを感じた。これが直感的な反応。

校則に違反して髪を茶色に染めた中学生がいて、教員が無理矢理その髪を黒く染め戻して、保護者が人権救済を申し立てた、という事件。あまりにも多くのレスが中学生と保護者を非難している。曰く、「ルールは守れ」「そんなのじゃ社会に出たら困るぞ」「権利という前に義務を果たせ」。

この中学生の行為が恥ずかしいというのはおそらく同意し得る。多分あとで思い出して本人が恥ずかしいと思うようなどうでもいい理由で染めたに違いない、と見聞きする事例に基づいて推測し得るからだ。保護者についてはこの行為が恥ずべきものなのか、よく分からない。そこまで大ごとにする前にもう少し賢いやりかたをやってみせたほうが生徒への教育になっただろうとは思う。

ただ、私は「痛いニュース」がまとめて見せた流れを恐ろしく思った。で、批判の文句をいくつも考えついたけど、どれも本質的な点を突いていないように思えた。私はなぜ恐ろしさを感じたのか。 そして、考え至った。「善悪を判断していないからだ」

なるほど、生徒の行為は恥ずかしかろう。保護者についても、彼らが言ってる意図は分かる。私も彼らと偏見を共有しているからだ。たぶん、自由とか人権とかそういうことについてちゃんと考えて言っている訳ではなくて単に「自分の好きなようにする権利」として人権を唱えているだけだろう。私も印象としてそう想像した。

で、だから何だ? 他者の身体を本人の意志に反して改変する行為は傷害である。そして、問題は善意に基づいて矯正するような行為を、法を犯す形で行っても良いか、というところである。勿論、法はそれを侵す者を許さない。善悪の判断を法にゆだねるならばそういうことだ。私は法が正義であるとは思わないが。

法よりも上位に法の根拠たるべき正義を求めるならば、生徒は愚かだが「自由とは、どんな愚かなことをすることも自由だということだ」。実際のところそれが愚かかどうかは視点によるのだし。私はこの立場だろうか。他人にできるのは、いたずらにルールに背くことの愚かさを説き続けるか、見放すか、それだけだ。

更に言うなら、愚かであることや、本人が上のようなことを考えていないであろうことは(もし、仮にそうであったとしても)その人の自由を奪ったり自己決定を蹂躙したりして良い理由にはならない。

そういう議論は盛り上がらずに、善悪の判断を現場を支配する下位のルールに委ねている。あるいは、「ルールを破るのは悪い」という判断だけを優先してルールへの批判的視点を維持しないなら、やはり同じことだ。こうして法の支配あるいは法のあるべき姿についての思考を放棄して、現場の実態を支持するありかたに私は恐怖を感じたのだ。「法に則っているか」「法は正しいか」という視点を放棄されたら私の生は否定される可能性があるから。

日本ではキリスト教的価値観が希薄なので性的少数者へのヘイトクライムの可能性は低いと言われてきた。でも、やはり私はヘイトクライムを恐れるべきかも知れない。

追記

教員の対応が生徒の意志に反したものであったかという点について、教育委員会は「生徒の了解を得ており、体を押さえつけるなど強制的な行為はなかった。テストを受けさせるための措置だった」と述べている。この釈明は考慮するに値しないというのが私の判断で、上の論はすべてのこの判断に基づいている。が、この判断について説明しないのは論理の飛躍ではないかという批判をいただいた。確かにね。

これも私の偏見に基づく推測だ。組織を監督する立場からこの手の言い訳が出てくること自体は良くあることで、食品偽装を行った企業の言い訳と同様に私はあまり信用しない。

また、学校という閉じた世界における権力として、教員は「テストを受けさせない」という不利益またそこから派生する不利益をちらつかせて行為を強制することができる。本人が後から申し立てをしていることから考えて、このような圧力があったのではないかと推測する。なら、本件の問題は傷害から脅迫に移る。というか、書いていたらなんだかこちらの可能性のほうが高いような気がしてきた。ま、自己決定の蹂躙という本質的な問題には変わりない。

もし生徒がその時点では心から納得してのことであったなら、蹂躙も何もないわけで教員の行為は大した問題ではない。一方、生徒が何かとても深い事情によって髪を染めていたならそれを斟酌しなかった教員の行為はますますひどいものになる。保護者が私が上で論じたようなことを考えた末に申し立てに踏み切ったならそれは少しも「恥ずべき」ものではなく、保護者に教育を受けさせる義務がある以上はそれに抵触しない範囲でまあ正当な手続きであると言えよう。

私が「教員による圧力があったに違いない」とか「生徒はどうせどうでもいい恥ずかしい理由で髪を染めていたに違いない」とか「保護者は深く考えずに、自分の好きなようにさせろと吠えているだけ」とか考えているのは、いずれも見聞きした類似事例に基づいて一定の偏見を持っていて、それに基づいて推測しているに過ぎない。

ということは確かに明記しておくべきだった。thx < itkz

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コメント

Red cat (2007年12月07日 23時11分40秒)

私が真っ先に思ったのは「『中学生が髪を染めることは人権として認められるのか ?』or『校則で髪を染めることを一律禁止することは人権侵害に当たるのか ?』」ということ。

そして、少なくとも「痛いニュース」の読者の多くはこの問いかけに対して「No」と答える人たちであろう、ということ。

問いかけを少しいじくっただけで、空恐ろしいことになりそう。

「『性同一性障害者が、身体の性ではなく自らの性自認に基づいて行動することは人権として認められるか ?』or『性同一性障害者に、身体のせいに基づいた行動を強要することは人権侵害に当たるのか ?』」

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