「書評 - Rubyクックブック」を読んだ。私の書いた評が引用されてる。で、
わかってない。わかってない。わかってねえ!
と言われてしまった。すんません。わかってませんでした。
言われてみれば確かにそうで、私だってまさに
Foo Cookbookというのは、Fooの中級者だけが読む本じゃない。むしろ他の言語の中級者以上の人が、「ではFooではどうか」というのを確認する需要の方がずっとある。
という理由で『Pythonクックブック』を買おうとしてたんだもの。この点については何も言い返せないし、私ゃそこをちょっと甘く見てた。
でも、『Rubyクックブック』はそんなにひどい本か? 価値のない本か? 私ゃそうは思わない。生態系の空隙を確実に埋めたんだから。ウサギの次に読む本は必要で、ラクダの先がロングテールから黒豹からいっぱいある世界とは状況が異なる。
私もいろいろ言語に手を出す質だから「『ではFooではどうか』というのを確認する」価値は分かるけれども、「次」の本がないための学びづらさも非常に大きく感じている。そして、「確認する」のは「配列操作の比較表」みたいにある程度なんとかなってきたりする。それこそ、Wikiがあれば解決していくだろう。けれども、セマンティクスにデータ構造にいよいよ潜り込んでいくあたりはプロの手で書籍にまとまっていてほしい。
「Foo Cookbook」とか「Effective Foo」とかに求められる品格みたいなものはあるかもしれないけれども、空隙があることの問題が私にとってはより重要だ。『Rubyクックブック』はよくやってくれた。
ただ、Shibuya.pmの活躍を持ち出されると、日本Rubyの会会員としてはorzだやなー。今度は是非もっともっと協力させてください、オライリーさん。

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