世界線航跡蔵

Mad web programmerのYuguiが技術ネタや日々のあれこれをお送りします。

2003年01月30日

良サイトを発見して思ったこと

WWWをあちこちフラフラしていたら、思いがけず良いサイトを見つけた。mori氏のUNKNOWNだ。

サイト構成が分かりやすいし、何より今まで感じてきたことが私に近い。mori氏はFtMなので、私とは全く逆転してはいるが、方向性が反転していても構造は近いと思う。

それにしても、mori氏の自分史はまとまっているし読みやすくて素晴らしい。触発されて、私も早く自分史を公開しようと思った。

今公開の準備をしている自分史は、私がこのサイトで一番書きたかったものでもある。結局、「このサイトについて」にも書いてある通り、このサイトの主たる存在意義は私の自己満足なのだろう。自己満足にせよ、これまで資料をまとめてきた経験は当初想像した以上に多くを私にもたらしてくれた。

私は基本的には自然科学の視点で世界を把握する人間だと思う。それが「性同一性障害の概要」を書いた理由だ。性同一性障害というものが自然科学から見てどのように位置づけられるのか、また典型的にはどのような性質を示すものであるのかを調べ考察することを通じて、私は初めて私がどういうものであるのかを少し把握できた。

私が性同一性障害者という性質を持っている以上、私が私を知るためには自然科学の基本的な手法である「ものを分解して分割して観察し、モデルを立てて因果関係を調べ……」という形に基づいて性同一性障害を知る必要があった。

私が何者であるのか、私はずっと考えていた。人間は何かに所属しているという感覚が無いと不安になる傾向があるらしい。私たちの文化に属する多くの人にとって性別は自明な所属感覚として機能している。でも、私はその恩恵を得られなかった。

少なくとも男性であることにはあまりにも無理があった。しかし、自分の身体を見れば女性でないこともまた明らかである。それはいったい何なのだろうと私は思っていた。当時は未だ性別が二種類であるという迷信を信じていたので、身体の性に基づいて自分の状態を認識しようとした。しかし、その間違った前提は論理の迷走と幾つかの常軌を逸した行動を導くだけで、結局そこからは何も得られなかった。

色々迷いはしたけれど、私は性同一性障害という言葉にたどり着いた。自然科学を学んできた者としての私は、性同一性障害という概念によってこそ私の辿ってきた道を矛盾なく説明可能であると考えている。そのことによって、私は私が何者であるかを少しだけ把握したのだ。

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