世界線航跡蔵

Mad web programmerのYuguiが技術ネタや日々のあれこれをお送りします。

2005年02月01日

私的事件の垂れ流し

ウェブにおける私的事件の垂れ流しに批判的な意見を聞くが、これは社会的少数者には当てはまらないのではないかと思う。

ウェブ日記の類で一個人が私的事件について語ることに否定的な意見がある。「お前がどこへ行ったとか、何を食べたとか、だれも興味ないよ」と。その類のページは内輪の数人が入り浸るのが精々で、それ以外の大多数にとって何の情報価値も無く、リソースの無駄遣いである、と。

自己紹介と掲示板しかない個人サイトが増えだしたころからよく言われた意見であるし、当たっている部分もあるだろう。個別の私的事件記事自体が現時点で公的価値を持つことは、確かに少ないかもしれない。まぁ、それらの総体、統計的情報は千年後の歴史学者に有益な情報をもたらすかもしれないけれど。

しかし、このことはセクシュアルマイノリティや、何らかの社会的少数者については当てはまらないと考える。なぜならば現時的では圧倒的にロールモデルが不足していて、ロールモデルは膨大なのつまらない日常の羅列の上にしか構築されないからである。以下では簡単のために性同一性障害者に限って話そう。

性同一性障害者は一体何が出来るのか、何になれるのか、多くの幼い当事者にとってそれは未知である。ロールモデルが不足している。これはついこの間までは今にもまして顕著であった。故にこそ、水商売にしかなれないのではないかという思い込みや、この自己同一性を否定することなしには社会的に抹殺されるのではないかという不安を覚え、ガイドラインにも指摘されるような自己にたいする過剰な否定的評価が形作られる。

つまり、誰もやったことのない考えたことすらないことを実現できる人間はごく少数の偉人のみである。その他の大勢は、誰かが作った道をたどりながら時折は道から逸れることで自分自身を見出すのがやっとである。多くの場合はそれですらなく、誰かが既に成し遂げえたことを後追いすることしかできない。それは悪いことではない。それが普通の人間だ。誰も想像すら出来なかったことを実現するのは思う以上に難しい。そして、その限られた能力しか持たない普通の人間が普通に生きることのできる社会こそが健全である。

今現在、性同一性障害者は当事者団体を組織できることが分かった。ライターになれることが分かった。競艇選手になれることが分かった。区議になれることが分かった。プログラマーやシステムエンジニアにもなれる。大学院に進学できるし、学習塾で働ける。カラオケ店員にもなれるらしい。だいぶロールモデルはそろいつつある。でも、まだ不足だ。私が知らないだけかもしれないが、ケーキ屋さんやサッカー選手や宇宙飛行士になったという話はまだ聞かない。商社員になった事例ももっとほしい。ゼネコンや銀行で働いている事例はあるのかな?

こういう情報に当たり前に触れられる環境なしには、幼い当事者がロールモデルを学習し、将来を夢見る過程での可能性がずいぶんと限られてしまう。そのためには、多くの、ごく普通に暮らしている当事者の日常の情報が必要なのだ。

マジョリティに属する一個人の私的事件に情報価値がないというのは、つまり、その情報が世の中のどこかにあることぐらい聞かずとも分かっているからに他ならない。ゆえに、そうでないマイノリティの私的事件は情報価値を有する。私は自分の書いている日常の記事をそのように捉えているし、他の当事者にもできるならばそうしてもらいたいと願っている。あなたの日常のどうでもいいような事件は、後の世代のために必要なのだ。是非それを垂れ流してほしい。

加えていうなら、あらゆる意味でマジョリティに属する人間などというものは存在するのだろうか。性別や宗教やある切り口を与えればそこにマジョリティ - マイノリティという構図が現れるには違いないが、あらゆる切り口においてマジョリティたる人間とはそれこそマイノリティではないか(統計的根拠はない)。本当は、あらゆる人間の私的事件は限りない情報価値を持っているのかもしれない……と無責任に風呂敷を広げて駄文を終わる。

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